· 

救われることのささやかな認識

神に従ってきた数年間、私は家族も肉の享楽も捨て、教会で自分の本分を尽くすのに一日中忙しくしてきました。そのため、教会での働きをないがしろにせず、神様を裏切らず、教会を離れず、終わりまで神様に従う限り、神様に守られ救っていただけると信じていました。また、自分は神様による救いの道を歩んでいて、最後の最後まで神様に従ってさえいればいいのだとも信じていました。

 

しかし数日前、「真理を得て現実に入る者だけが本当に救われる」という文書の一節が目に止まりました。

 

「神様に救っていただくことは人が想像するほど簡単ではありません。私たちは自分の経験の一歩ごとに、神様の御言葉による試練と精錬、および裁きと刑罰に頼らなければなりません。神様の働きの一歩一歩に注意深く従い、そして最後に、真理を得、性質の変化を成し遂げて新しい被造物となり、真理に頼ってサタンに打ち勝ち、罪を乗り越えることができるようにならなければなりません。意識して神様の御言葉に頼って生き、完全に神様に従い、神様と相容れるようにならなければならないのです。このことだけが本当にサタンに打ち勝ち、罪を乗り越え、神様のものにしていただくということです。神様の働きを経験することでこの成果を挙げられるならば、それだけが本当に神様に救っていただくということです」「真理を求めて神様に救っていただく道には、人が直面しなくてはならないあらゆる種類の試練と苦難、すなわち家庭崩壊や自然災害、あるいは人為的災害などの困難や障害がいまだ多くあります。それは確かに穏やかな航海ではありません。真理がなければしっかりと立つことができず、百パーセントの確率で神様を裏切ることになるでしょう」(『いのちの供給のための説教集』より)

 

これらを読んだ後、私はまるで夢から覚めたかのように感じました。やはり、神様に救っていただくのは思っていたほど簡単なことではなかったのです。それは、一歩ごとに神様の働きと御言葉に頼り、神様による刑罰と裁き、取り扱いと刈り込みを受け入れ、ありとあらゆる試練や艱難の苦さを味わうことにかかっています。そうすることで自分の堕落した性質を本当に認識し、次第に堕落を取り除き、最後はどのような環境にあっても、神様の御言葉と真理に頼ってサタンを打ち負かし、闇の勢力を超えることができるのです。この成果を挙げることだけが、本当に神様に救っていただくということです。しかし、それと私の実際の状態を比べると、そのような成果を挙げているとはとても言えませんでした。名声と地位を追い求めても神様に褒めてはいただけないと知っていたにもかかわらず、私はそれらの追求に明け暮れ、得られなくて消極的になり、弱ってしまうことが何度もありました。真理を追い求める意欲を失い、自分では抜け出せない暗闇に落ち込むこともありました。神様を信じることは、真理を追求して神様の愛に報いるべきだということ、神様と取引してはいけないということだと知っていたにもかかわらず、私は幾度も、神様の働きが完了するには長い時間を要すると考え、自分の中に消極的な思いを抱いていました。初めのころの精力はただ跡形もなく消え去り、おろそかに本分を尽くすようになっていました。働きで困難にぶつかると、それを通じて神様が自分を鍛えてくださっているのだと知りながら、心の中は神様への誤解と不満で満ちたままでした。神様を信じるのはあまりにも難しく骨が折れることだと感じ、いつも逃げ出したい、働きを辞めてしまいたいとさえ感じていました。これまで幾度も、周囲の環境や人や物事はすべて、私を完全にすべく神様が用意なさったものであり、これらのことから真理を探し求めるべきであると知りながら、自分の観念に合わない人や物事に遭遇するたび、それを拒んで受け入れようとしませんでした。自分が家族に見捨てられ、安息の場所をもたないのに、他人が幸せな家庭で暮らしているのを見ると、しょっちゅう悲しみと痛みを感じ、神から離れたいと何度か思ったほどでした……それでもなお、自分はずっと以前に神様の救いの道を選んだのだと思っていたのです。このような実際の状態を残らず見て、どうして本物の霊的背丈をほんのわずかでも持てるでしょう。何らかの些細な試練や挫折に直面しただけで、私は躓く危険がありました。大きな艱難や苦しみのさなかにしっかり立てるかどうかは言うまでもありません。その時、自分は諦めることなく数年間神様に従ってきたものの、本当は真理を掴んでおらず、いのちの性質がこれっぽっちも変わっていないことを知りました。私はなおもサタンの暗い影響の下で生きており、騙され操られる対象だったのです。これは神様によって本当に救っていただく基準からかけ離れたものでした。それでもなお、自分は神様の救いを受ける道にずっと以前から入っていて、ほぼ十分な者であると信じていました。これは単なる自己欺瞞でした。

 

ああ、神様。ありがとうございます。私が自分の本当の状態をはっきりと見、本当の救いとは何かを理解し、過去の間違った認識を変えることができたのは、あなたの啓きと導きのおかげでした。また、真理を得ることも自分のいのちの性質を変化させることもなければ、何年神様を信じようとも、神様の承認は得られないことも理解させてくださいました。今日から後、更なる真理を身につけるための時間という、この宝を大切にしていきます。そしてあなたの働きを経験することによって、自分から堕落した性質を取り除きます。あなたの御言葉によって生き、あなたに完全に従い、あなたによる本当の救いを成し遂げます。