· 28日 3月 2020
神に従ってきた数年間、私は家族も肉の享楽も捨て、教会で自分の本分を尽くすのに一日中忙しくしてきました。そのため、教会での働きをないがしろにせず、神様を裏切らず、教会を離れず、終わりまで神様に従う限り、神様に守られ救っていただけると信じていました。また、自分は神様による救いの道を歩んでいて、

 · 27日 3月 2020
教会の一部の指導者や同労者が、いつも自分の証しをして自分の前に兄弟姉妹を連れてきたせいで反キリストになり、神様によって淘汰されるのを見るたび、私は自分に警告しました。万事においても必ず神様を褒め称え、神様の証しをしなければならない。敗者の道に足を踏み入れないよう、

 · 26日 3月 2020
私はそれまで神様の御言葉を絶えず飲み食いしてきましたが、まったく光を感じずにいました。これについて神様に祈ったものの、それでも啓きを得ることはありませんでした。そのため私は、「神様には一人ひとりを啓かれる時期があるのだから、焦っても仕方ない」と考えていました。

 · 25日 3月 2020
いまから十年前、教会の指導者として奉仕しているあいだ、私は自分の傲慢な本性のせいで、いつも自分の好きなように働き、向こう見ずに行動していました。それが原因で働きの手引きに関する重大な違反を犯してしまい、教会の働きを妨げて乱し、神様の性質の怒りに触れてしまいました。

 · 22日 3月 2020
全能神教会における自分の本分が福音の伝道だったころ、私がそれを行なっていたところ、偽りの証しをすることで、人々が終わりの日における神様の働きを探求して受け入れるのを狂ったように防ぎ、妨げ、阻止している宗教指導者に出会いました彼らは警察に通報し、福音を分かち合っている私たちを逮捕させることさえしました

 · 21日 3月 2020
私はクリストファーという名前で、フィリピンにある家庭教会の牧師です。私は1987年に洗礼を授かり、主イエスの元に戻りました。そして主の御恵みにより、1996年に地元の教会で牧師となりました。当時、フィリピン国内の多くの場所で働き説教する以外にも、香港やマレーシア等で福音を説いていました。

 · 20日 3月 2020
ある日私は、「ペテロはどのようにしてイエスを知るようになったか」の中に書かれている次の神様の御言葉を目にしました。「長らくイエスに従って、ペテロはイエスの生活の全て、つまりイエスの行動、言葉、動作、表情などを観察し、心に留めた…ペテロはイエスと接するようになってから、

 · 19日 3月 2020
以前、私は人類をお救いになる神様の働きを理解していませんでした。働きにおいて堕落を露呈させたり、教会の働きに被害を及ぼすような過ちを犯したりすると、その人は必ずや応報を受けるか、本分を失うか、または罰を受けるかしますが、それが神様の義だと思っていたのです。

 · 18日 3月 2020
全能神を信じるようになって以来、キリスト自身による牧養を受けることができ、自らの耳でキリストの説教を聞くことができる兄弟姉妹のことをずっと羨ましく思いました。心の中では、いつか私も将来キリストの説教を聞くことができたらどれほど素晴らしいかと思っています。もちろん、

 · 17日 3月 2020
神様の次の言葉を読む度に私は不安になりました。「わたしが語った語句の全てには、神の性質が含まれている。わたしの言葉を慎重に熟考するとよい。必ずそれらから多くの利益を得るであろう。」(『言葉は肉において現れる』の「神の性質を理解することは極めて重要である」より)私が不安を感じていたのは、

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